HCG値が基準値まで下がりました。
2012年4月 6日 | トラックバック(0)
HCG値がやっと基準値へ
胞状奇胎の2回目の手術から10週間目の検診。
やっとHCG値が基準値の0まで下がっていました。
「一安心ですね」と先生。
今から半年間は1ヶ月に1回の検診になります。
半年間、基準値のまま大丈夫だったら
次の妊娠の許可が出せるそうです。
次の妊娠かぁ。。。。3人目。。。産むのか?私。。。
まぁ、その時になったら考えましょう(笑)
2012年4月 6日 | トラックバック(0)
胞状奇胎の2回目の手術から10週間目の検診。
やっとHCG値が基準値の0まで下がっていました。
「一安心ですね」と先生。
今から半年間は1ヶ月に1回の検診になります。
半年間、基準値のまま大丈夫だったら
次の妊娠の許可が出せるそうです。
次の妊娠かぁ。。。。3人目。。。産むのか?私。。。
まぁ、その時になったら考えましょう(笑)
2012年1月29日 | トラックバック(0)
2回目の術後から28日目、月経が始まりました。
30日〜40日って聞いてたから早い方だったのかな?
とりあえず、順調に来てくれたので安心です。
お腹の痛みも、出血もいつもどおりって感じです。
一応2週間後の検診の時に子宮の状態を見てもらう予定です。
今日は2回目の術後から4週間目の検診でした。
血液検査の結果、HCG値は16まで下がっていました。
「あとは徐々に0に下がっていくと思います。」
との事でした。
「一応値が下がってから6ヶ月は避妊を続けて下さい。」
だそうです。
HCG値の経過観察中に妊娠してしまうと、
妊娠したのか、絨毛ガンや侵入奇胎への移行なのか、
どちらが原因でHCG値が上がっているのかが分からなくなるからです。
避妊をきちんとする事が胞状奇胎後はとても重要なのです。
これが赤ちゃんが欲しい人にとってこの病気の辛い所なのです。
早く赤ちゃんが欲しいのに半年〜経過によっては2、3年、
長い人では5年もの間、避妊をしなければならないの
ですから。。。それは辛い事でしょう。
たまたま私は初めての妊娠ではなく2人の子供がいたし、
そこまで辛い思いはしなくて済んだのですが、
これが初めての妊娠だったり、不妊治療中でやっとできた妊娠
だったら。。。やっぱりとても辛いと思います。
でもまずは、病気をしっかり治して、そしてきっとまた授かれると思います!
2012年1月11日 | トラックバック(0)
胞状奇胎の手術後、最も大事になるのがHCG(ヒト絨毛性ゴナトドロピン)
の数値の管理になります。
この値が順調に減らなかったり、一旦下がったのに増えると
侵入奇胎(破壊性胞状奇胎)といって奇胎が子宮筋層にまで侵入している疑いや
絨毛がんへの推移が疑われます。
一般的に順調と言われる値は2回目の手術後、血液検査で
5週で1000 lU/l 以下、8週で100 lU/l 以下、20週で0.5IU/l 以下と言われています。
2012年1月 6日 | トラックバック(0)
今日は術後の熱発のおかげで今週3回目の通院日でした。
血液検査の結果では熱発した時増えていた白血球の数値も落ち着いたようで、
先生いわく、
「何らかの細菌に感染していた疑いはあるけど今のところ感染症の心配は
ないでしょう。」との事。ホッ。。。
そして。。。私が一番気がかりだった術後の病理結果がやっと出ました。
「部分胞状奇胎」でした。
胞状奇胎にはいくつかの種類があり、おおまかに分けるとこうなります。
全胞状奇胎・・・子宮内部全体に胞状奇胎があるものをいいます。(全体の約70%)
部分胞状奇胎・・・子宮の一部に胞状奇胎を認めるものをいいます。(全体の約30%)
絨毛癌・・・絨毛を形成している細胞が癌化して増殖したもの。
存続絨毛症・・・胞状奇胎治療後に発生することがある状態。
なので、胞状奇胎の中では一番マシな結果だったと言えます。
またまたホッ。。。
でも部分胞状奇胎は絨毛癌などに移行する確率が低いとはいえ、
ゼロではないという事です。
やはりこれからの長期管理が大事なんですね。
2012年1月 3日 | トラックバック(0)
元旦、お昼前くらいから急に悪寒と歯の浮くような
気持ち悪い感じになり、外食を早めに切り上げてうちに帰った。
家に帰り、熱を測ると38.2度。
うーん、きついはずだわ。
その日の夜は実家の集まりだったが子供達だけ
行かせてゆっくり休む。
夜中は一晩中高熱が続き、朝には体力消耗。
ご飯が食べられなくなった。
ウィダーインゼリーをなんとか飲み、薬を飲んだ。
病院から処方されていたのは抗生剤、子宮収縮剤、胃薬
なので熱が下がるはずもなく、夕方まで高熱。
もう限界だった。。。
日赤の救急へ連れて行ってもらって受診。
インフルエンザと血液検査をしてもらった。
結果を待つこと40分、診察室で話を聞くと、
インフルエンザは出なかったとの事。
「血液検査で白血球の数が増えてるから胞状奇胎の手術後の
感染症からきてる熱かもしれないね」と先生。
当番医で産婦人科医ではないのであさって受診日までの
抗生剤追加とカロナール(鎮痛解熱剤)を処方してもらった。
うちに帰り、ウィダーインゼリーと薬を飲んで休んだ。
1時間もすると熱が下がり、37.0度。
丸一日ぶりに体が楽になった。
こんな事なら朝から救急行けば良かったよ。
食欲も出てきたのでチョコアイスを食べて就寝。
あーカロナールさまさま~!ありがとう!
あさっての受診結果が少し心配ですが、、、
ひとまず家族に移るインフルエンザじゃなかったのと、
熱が下がり落ち着いたので一安心です。
・前の記事「胞状奇胎 二回目手術日」
追記。。。2日後診察に行ってきました。
胸部のレントゲン、血液検査、内診で結果は良好との事。
熱発の原因が感染症ならば下腹部痛や出血など、
何らかの症状が出てるはずだが、症状はないし、
子宮内もきれいになってきているので今のところ違うかも?
抗生剤を追加してもらい、念の為にまた2日後受診する事になった。
2011年12月29日 | トラックバック(0)
一回目の手術から6日後、手術後初めての診察の日。
前日の夜、出血が多量だったので不安な気持ちで病院へ向かう。
今回は母がついてきてくれた。
血液検査と内診を済ませ、待つ事2時間。。。
診察室に母も一緒に呼ばれた。
まだこの前の手術で出されたものの病理結果が出ていないが
胞状奇胎で間違いないでしょうとの事。
「子宮内膜がもう少し薄くなっていてほしいんだけど、
まだ厚いので今日か明日にでも、もう一度手術しましょうか?」と先生。
やっぱりそう来たか~。覚悟はしてたし、一応入院準備もしていたので、
その日にお願いする事にした。
二回目とあってか少しは気持ちに余裕がある。
雑誌を読んで待っていたら
ダンナさんがやってきてそれぞれ自分の本を読む。
点滴開始。この前と同じく左には入らず諦めて右へしてもらう。
やっぱ点滴の針は太くて痛いなぁ。。。
手術が16時に決まった。
2回目でもやっぱり緊張してきた~。
そして手術室へ着くと挨拶にきた担当の方はなんと!
偶然、友達の妹さん。
ひぇ~~。。。すごい気まずいじゃないかー。
私、裸に布一枚だし今からすごい姿になるのに。。。(´Д` )
もう泣きたい。。。
こんな偶然いらんわ~!!なんて思ってるうちに
麻酔が入り、記憶プッツリ。
「○○さーん、○○さーん」
遠くから声がしたが今回は目覚めがなんだか息苦しい。
まだ人工呼吸器を付けられていたのかな?
麻酔が前回よりかなり効いたようで、
目がなかなか開けられないので部屋に戻って休む。
2時間後、麻酔がきれてやっと水分が取れた(^^)
前回と同じ、抗生剤、子宮収縮止血剤、胃薬が5日分処方された。
・続きの記事「胞状奇胎 手術後の感染症??」
・前の記事「胞状奇胎 退院~術後」
2011年12月29日 | トラックバック(0)
手術で興奮していたのか麻酔で眠ったせいか、
夜はあまり熟睡できなかった。
朝ごはんをたべ、担当医が出勤してからの診察を待つ。
病気の影響なのか、37度代の熱が続いてる。
内診が終わると「退院出来ますよ」と退院許可が出た。
ひとまずホッとした。
2.3日は安静にする事と処方された薬(抗生剤、子宮収縮止血剤、胃薬)を
きちんと飲むように言われた。
次の診察は5日後になるそうだ。
退院してうちに帰る。
なんとなく子宮に鈍い痛みと体がダルい。
それでもお腹はすくので病院の売店で買ったサラダパスタを食べた。
パクパク食べながらハッと気がついた。
つわりがない。。。
あの気持ち悪さはどこへいったんだ?
赤ちゃん、ほんとにいなくなっちゃったんだ。。。と実感。
慌ただしい緊急入院のおかげで悲しむ暇もなかったのかも。
なんだか空っぽになった感じです。
しかもこの病気胞状奇胎は流産だけではなく、
これから長い通院をしなくてはならない。
きちんと治療して早く元の体に戻らなくてはね。。。
その夜、ダンナさんと病気について話した。
この病気になった事で色んな事を考えさせられるいい機会になったと、
前向きに考えようと話した。
家族がみんな健康で一緒にいれることは
あたりまえの幸せじゃないんですね。
そして普通に妊娠して無事に産まれてスクスク育っている
娘達も、なんてありがたいことなんだろうと。
そんな毎日の日々に感謝しながら生きていきたいものです。
・続きの記事「胞状奇胎 二回目手術日」
・前の記事「胞状奇胎 一回目手術日」
2011年12月27日 | トラックバック(0)
今日処置をしてもらう事になったのは
「子宮内膜掻爬術」
手術前の採血、レントゲン、心電図、点滴を済ませて入院する病室に案内された。
慣れない点滴をゴロゴロして部屋に着き、
ベッドに座っていると看護師さんがやってきた。
手術同意書やら万が一の為の輸血同意書、入院申込書などの書類を渡され、
麻酔科の先生からの話を聞く。
お産以外で、手術も入院もした事ないので、緊張するなぁ。。。
なんて考えていたら看護師さんが2人バタバタとやってきた。
「16:30から手術になったので行きましょうか。」
もう!?心の準備がぁ~。。。なんて言ってる暇もなく手術着に着替えさせられ、
ベッドごと手術室へ移動。
これテレビでよく見る光景ね。
ふ〜んこんな気持ちなのか運ばれてる人は。。。
ダンナさんは「すげー!ドラマみたいじゃん!」
などとのんきな事言ってます。
「コレで化粧落としてね。」とお湯で濡らしたタオルを渡され
移動ベッドでお顔をふきふき。
「これパンダになりませんかねぇ?」
「ふふ、大丈夫大丈夫!きれいに落ちてるよ」と看護師さん。
まぁ今から手術受ける患者の顔がパンダだろうが関係ないか(笑)
ダンナさんとは手術室前でお別れ。
「がんばって、しっかりね。」と見送ってくれた。
あっという間に手術室へ到着。
ベッドから手術台へ移動し足を固定された。頭には手術用のキャップ。
担当医の女医さんが挨拶にきた。なんだか北陽のアブちゃん似。
「お産以外初めてでしょ?異様な雰囲気でこわいでしょー?
でも眠ってる間に終わるから大丈夫ですよ。」と言ってくれた。
あぁ。。。少し緊張ほぐれたかも。
気になっていたのは待ち時間にブログでみた子宮口を広げるラミナリアを入れる処置。
これがヒトによってはものすごく痛いらしいのです。
が、私の場合は経産婦だからかその処置はなかったようだ。
右手に心拍数の機械、左手に血圧計、胸に心電図、口に酸素マスクをつけられると
もうどうにでもしてくださいという気になった(笑)
点滴に麻酔が入ると少し咳が出た。
なんかボーっとなり最後に
「ねむい。。。」
と言ったら記憶はプッツリ。
「終わりましたよー」
の声で目覚めたがまだ麻酔が効いてる。次に気づいたら病室にいた。
ダンナさんの顔が見えたら安心した。
ボーっとしてすごく気持ちがいい。
麻酔がまだ効いてるんだな。
後で聞くと「今何時?」を何度も繰り返し聞いていたらしい。(笑)
多分母に預けているムスメ達のお迎えが気になっていたからだろう。
その時の時間は18:15。
手術自体は20~30分だったようです。
ダンナさんに着替えや荷物を取りにかえってもらう間ずっとウトウトしていたが
お腹すいて眠れなくなった。
そういえば朝8時にお茶漬食べてから夜8時まで何も食べてなかったんだ。
リクエストして買ってきてもらったサンドイッチとアイスをムシャムシャ食べた。
なんておいしー♪
普通食べるのか?麻酔からさめたばかりの患者がムシャムシャと。
看護師さんに笑われたような気がしたけど。。。
まぁいいや、そんな事よりお腹すいてたんだもんね。
・続きの記事「胞状奇胎 退院~術後」
・前の記事「胞状奇胎の診断」
2011年12月26日 | トラックバック(0)
2011年12月22日妊娠7週目に入ったところで胞状奇胎と診断されました。
初めて耳にする病名でした。
妊婦さん400~500人に1人発症する珍しい病気だそうです。
病名を聞いてネットで沢山調べましたが、少ないんです情報が。
この出来事をブログに書くべきか迷いましたが、
同じ病気の方のブログで不安でいっぱいだった私は今、とても助けられています。
少しでもどなたかの役に立つことが記録できればと思い、
私もブログに書くべきだと思ったのです。
二週間前、生理が来なかったので妊娠検査薬をしてみたところ、陽性反応が出た。
上の娘っ子達は5歳と3歳になり、子供は2人でいいと思いつつも
やっぱり子供はかわいい。。。
経済面では大変だけど、三人目出来てもいいかなぁ、なんてダンナさんと話していた矢先だったので
ビックリしたけどすごくうれしかった。
早速産婦人科を受診すると、
「妊娠してます。おめでとうございます。ただ、まだ胎嚢しか確認できてないのと、
少しモヤモヤしてるお感じなので、もしかすると厳しいかもしれません。」
「え。。。」
その時はなぜそんな不安にさせるような事言うんだろうと思いました。
つわりが始まり、不安に過ごして二週間後、ドキドキしながら再度産婦人科を受診。
この産婦人科には何人かの先生がいて二週間前とは別の先生(長女のお産担当医)でした。
内診してもらうと「うわ。。。」と言ったっきり無言の先生。
エコーには私にも分かるほど赤ちゃんの姿は見えず変わりに何か別の物体が見えていました。
内診後の先生の説明を聞くと、
「あのね、胞状奇胎っていうの、聞いた事あるかな?
ぶどう子とも言うんだけどね。」
なんなの。。。それ。。。
初めて耳にする病名でした。
ショックと言うより何が起きたのか分かりません。
赤ちゃんは?もういないって事!?
待合室で急いでiphoneで調べてみるとどんな病気か少し分かりました。
この病気になった時点で胎児の成長は無理という事でした。流産になります。
今思えば、初診の時の先生はこうなることが分かっていたのかもしれません。
その産婦人科では対応出来ないとの事ですぐに日赤へ紹介状を出してくれました。
そのまま日赤へ直行。なんとか午前中の診察に間に合いました。
内診、血液検査を済ませ、飲食禁止が出ていたので
お腹ペコペコ状態で待つこと1時間半、やっと呼ばれました。
「ご家族どなたか来れますか?」
「え?今からですか!?」
慌ててダンナさんにTEL。すぐに来てくれるそうだ。
待っている間メールを見て心配した母も来てくれた。
三人で話を聞く。
病気の状態、手術の内容、手術後の治療などの説明を受け、
その日すぐに手術を受ける事になった。
あぁ。。。妊娠した事でこんな病気にかかるなんて。
しかも稀な確率とはいえ絨毛ガンになるかもなんて。。。
普段は何があってもあまり落ち込まないようにしている私ですが
この日はさすがに笑えなかった。。。
・続きの記事「胞状奇胎 一回目手術日」
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